こんにちは、財布布団に一目惚れして秒速で購入した宮丸(@miyamarusaifu)です。
ラッキーショップの「金運馬蹄財布」の説明を読んでいて、一文で手が止まりました。上向きの馬蹄と下向きの馬蹄が合わさると金運力が出る、と書いてあったんです。
馬蹄の飾りを上向きにするか下向きにするかは、昔から意見が割れています。その両方を並べてしまった財布でした。
そもそも馬蹄はなぜ縁起物なのか。向きはどちらなのか。百科事典と、馬蹄の伝説の本家までたどってみました。
馬蹄が縁起物になった理由は3つあった
調べると、理由は1つではありませんでした。出どころの違う3つが重なっています。
1つ目は鉄そのもの。平凡社の世界大百科事典によると、使い終わった蹄鉄は家の門口に打ちつけて魔よけにされ、拾った蹄鉄には災いを祓って幸運を呼ぶ力があると考えられていました。こうした民俗は世界に広く分布している、とも書かれています。
2つ目は、イギリスの聖ダンスタンの伝説です。10世紀のカンタベリー大司教で、悪魔に蹄鉄の打ち直しを頼まれたとき、わざと悪魔の蹄に蹄鉄を釘で打ちつけた。痛がる悪魔に外してやる条件として、蹄鉄が掛かった戸口には入らないと約束させた、という話です。これが「幸運の蹄鉄」の起源だとされています。
面白いのはこの人の本業でした。ダンスタンは教会の器を作る銀細工師で、今もイギリスの金細工師・銀細工師の守護聖人だったりします。
3つ目が中国の馬蹄銀。これがいちばんお金に近い話なので、次で詳しく書きます。
財布と結びつくのは「馬蹄銀」

財布と馬蹄を結ぶ話として、僕がいちばん納得したのがこれでした。
馬蹄銀は、中国の清の時代に通用した銀の地金のお金です。小学館の日本大百科全書によると、形から馬蹄銀と呼ばれていますが、正しくは元宝銀。重さを量って使う秤量貨幣で、50両を標準にしていました。
形は最初から決まっていたわけではありません。銀の塊の形は民間の慣行まかせで、地方によって千差万別でした。それが清代には、中がへこんで両側の「耳」が高くなった形が多くなり、馬の蹄の形に見えるようになります。表面に小さな穴が多いものは純度がいいとして喜ばれた、という話まで載っていました。
清の末に1円銀貨ができると、馬蹄銀は姿を消します。
世界大百科事典の蹄鉄の項目にも、中国の馬蹄銀やギョーザに見られるように、馬蹄の形は吉祥のしるしでもあったとあります。ギョーザまで並んでいるのには少し笑いました。西洋の魔よけとは別の道筋で、東アジアでも馬蹄の形はお金とめでたさの形なんですよね。
「馬蹄の財布は風水的にどうなのか」と聞かれたら、僕はこの馬蹄銀の話で答えます。西洋の蹄鉄を風水に結びつけるより、ずっと筋が通ると思っています。
向きは上か下か。財布なら上向き
馬蹄の飾り方には、2つの流儀があります。

U字を上に開く向きは、運を受け止めてためる形。下に開く向きは、ためた運を下にいる人へ注ぐ形です。どちらが正しいかは国や地域で違い、決着はついていません。
財布の場合は迷わなくていいと思います。財布はお金をためる道具なので、ためる向きの上向きが合います。
冒頭の金運馬蹄財布は、上向きと下向きの馬蹄を連続模様にしています。どちらの流儀の人が持っても困らない作り。
日本で蹄鉄が根づいたのは明治から
意外だったのは、日本の馬が長いあいだ蹄鉄を履いていなかったことです。
世界大百科事典によると、日本の伝統的な装蹄はわらや和紙、馬の毛で作った馬沓(うまぐつ)で、脱げやすいのが欠点でした。8代将軍の徳川吉宗が1729年にオランダ経由で洋式の装蹄を取り入れようとしましたが、定着していません。組織的に学び始めたのは1872年、明治政府がフランスから教官を招いてからです。
馬蹄のお守りは、日本では新しい縁起物です。
そのかわり、馬そのものの縁起は古くからあります。2026年はちょうど丙午(ひのえうま)の年で、ラッキーショップも馬蹄財布の説明で丙午に触れていました。
馬蹄の財布を選ぶなら
ラッキーショップの馬蹄の財布は、調べた時点で3種類でした。ラウンドファスナーの金運馬蹄財布、小さな金運馬蹄ミニ財布、馬蹄を刻印した牛革の金運馬蹄長財布です。
向きの話で選ぶなら、上向きと下向きを両方並べた金運馬蹄財布
(4,888円・税込)です。深いブラウンで、ショップの説明では「土の気」の色。宝来宝来神社でご祈祷済みとあります。大きさは縦98mm×横205mmで、重さは約135g。カードは8枚まで入ります。
財布が決まったら、次は買う日。財布を買う日・新調する日で、年内に残っている吉日を先に押さえておくと慌てずに済みます。


